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《其の八十八》

「平家物語」のフォローです。

栄えていた一族がほろびゆくさまを語った「平家物語」、日本の歴史で唯一、「滅んだ」と言われている一族……のはずですが。

どっこい、そうでもないのです。
これで「滅んだ」のなら、豊臣家の方がずっと滅んだ感が強い。


まず平家と平氏の違いについてお話ししないとなりませんね。
清盛は桓武平氏とよばれる一門の統領です。こちらは武士です。
それに対して、時子は貴族の平家出身、全然別の家系なのです。

「平」という名字をもらって臣下に下った天皇の子孫が、何人もいるんですね。
時子の家系というか大きな系列以外は、武士になりました。

武士は一族を「氏」、貴族は「家」とよびます。
なので貴族代表は「藤原家」というのが正しい呼び方ですね。
教科書では「氏」に統一されていたりごちゃごちゃだったりするかもですが、当時の本人たちはそういう感覚だったようです。


では本題。
頼朝というか死後も鎌倉幕府は徹底して平氏・平家の男子を殺したわけですが。

頼朝が殺さなかった最大の大物が、壇ノ浦で生け捕りにした、時子の弟時忠です。
「平家にあらずんば人にあらず」と発言したとされる張本人。実際はそういうニュアンスではなかったみたいですが。

高齢なのと、「平氏」ではなく「平家」であって武器を手に取っていない、安徳帝の「じいや」だっただけ、なので命を助けられました。
流刑先で子どもが生まれ……そのご子孫は今も栄えていらっしゃるとか。


有名なのは「織田信長は清盛の子孫」説。
あとがきに書いた右京大夫の恋人……清盛の孫資盛(すけもり)は、やはり政略結婚させられたんですね。
総領である兄の惟盛(これもり)が、幼なじみの母方の従妹との初恋を貫いて結婚したあおりを食らった、という気も私はしますけど。

右京大夫は身分が低いのと、自分が年上なので、大人として身をひいたんですね。
資盛は十五、六歳のときから死ぬまで、ずっと初恋の右京大夫を愛していたようです。
けっして結ばれない恋だっただけに、右京大夫がその想いをたいせつにしていた気持ちが伝わります。

そんな結婚でも子どもはいまして、幼い子がひそかに美濃の豪族の養子として引き取られ、それが信長の先祖だという説。
信長自身も信じていたといわれていたりもしますけど、先日、どうやら嘘でした、という証拠が見つかったそうです。残念。


日本のあちこちに、「平家の落人が住み着いた」と言われる場所があります。
たいてい、すごい山奥の小さな村です。

それは最後の最後壇ノ浦まで平氏に従っていた人たちでして、それ以前に源氏に下った武士たちは、けっこうどうどうと生きていました。
言い伝えに拠れば、私の祖先もその一人ですから(笑)

平氏に従っている(源氏もそうですけど)のは、血縁関係がどこかである武士です。
浮気しまくってできた兄弟が多いので、正妻ではない母の身分が低く、兄もたくさんいれば、そういう子は家来となって、住んでいる土地を名字代わりにするんですね。


たとえば頼朝は三男ですが、母が身分ある家柄の出身で正妻なので、跡継ぎ決定してました。
常盤はある皇女の屋敷の、雑用係の使用人という身分の低さです。

頼朝が義経(他の弟もですが。頼朝と同母の弟は土佐に流されていたのですが、反乱に駆けつけようとして、平氏に見つかって殺されたんです。お坊さんだった義経の二人の兄でさえ、遠くにいた義経よりも先に駆けつけたのに。さぞ残念だったでしょうね、頼朝は)を切り捨てようとしたのには、「弟、弟、言うな、自ら家来に身をひくのが礼儀だ」という常識があったのではないでしょうか。


他にも敗れ去った者はいます。

木曽義仲。

義仲の長男は頼朝の命令によって殺されますが(鎌倉で人質になっていたのです。しかし頼朝の娘大姫と幼い恋を……大姫はショックで病気になり、立ち直れずに若くしてなくなります)、次男や三男は隠れて生き延びました。

息子たちの母親がだれかは、はっきりしません。
巴という説が地元では信じられていたりもしますが、他の女性かもしれません。
生き延びた木曽の一族は無事に栄え、戦国時代まで信州木曽の地を治めました。

他にも木曽の有力家来たちの子孫は生き延び、末裔には歴史上の有名人がいたりもします。
そうそう簡単には滅んでなかったりするんですね(笑)


頼朝はといえば、子どもや孫が殺しあい、老いた政子がただ一人この世に残されて、頼朝の同母妹のひ孫を京から連れてきて将軍に据えるしかなかったのでした。
ここに政子の実家の一族……執権北条氏の政治が始まるのです。
上記のように、頼朝はでしゃばる弟たちをけっきょくみんな、結果として殺していますから、そこに男子がいても、出てくる幕などないわけです。

一族・家族を大切にし、身内の殺し合いなどなかった清盛、子孫繁栄の勝者はどちらなのでしょうか。

「平家物語」は、単に平家が滅んで、源氏が勝った話、というわけではないのですね。

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