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《其の八十七》

発売日と更新時期がずれてしまいましたので、まずはネタばれなしで、平家物語の解説をスタートしましょう。
来月の更新では、ネタばれにします。

今回は、名前のお話。
新作恒例ですが……。

「源氏物語あさきゆめみし」の時も書きましたけど、平安時代の名前はわかりにくいのです。
源氏物語のときは、ほとんどのキャラがあだ名というか呼び名で、本名がわかりませんでした。

平家物語は、本名がわかっているキャラ=実在の人物が多いので、できるだけその人たちは本名を書きました。
その方が、なじみのない平安時代の役職名よりは、読みやすいと思いましたので。


しかし。
本名ではまた、別の問題が。

「似たような本名だらけ」

親から子へ、漢字を一文字受け継ぐため、しかも好まれる「よい字」があるため、似たような字ばっかりになるんです。


これは男子の場合ですけれど、女子も長女はその字を使って○子ということが多いです。
たとえば、北条時政の長女だから、政子。政子の弟たちは○時という名前になりました。

あと、武士は本名が長いのです……。
義経の本名は「源九郎判官義経(みなもとのくろうほうがんよしつね)」。
名字+何番目の息子か+役職+名前ということになります。


すると頼朝は源三郎兵衛佐頼朝(みなもとのさぶろうひょうえのすけよりとも)?

ちょっと違うのです。
まず、頼朝は三男ですが、母親の身分が高かったので、跡継ぎと決められていたため、三郎とはみんな呼びません。
兵衛佐は、十二歳で元服したときに、帝からもらった最初の位というか役職ですが、たいした身分ではありません。
しかし、貴族や帝とは決別したため、これ以上の役職はもらわなかったのです。

でも、頼朝様、とも呼ばれません。身分の低い人から同じくらいの人や高い人の本名は呼ばないのです。
したがってしかたなく? 鎌倉に役所を建てるまでは、「すけ殿」とあだ名で呼ばれてました。
鎌倉に住み着いてからは、「鎌倉殿」とみんなから呼ばれていたわけです。

ちなみに頼朝の子どものときの名前は「鬼武者」だったという説も。ゲームみたい??? 
鬼なんて、なんだか呼びにくい名前かも(笑)。

まあもっとも弁慶も、子どものころの名前は「鬼若」だったらしいですけれど。



「似たような字」の名前、に話を戻しましょう。
伊勢三郎の本名は「伊勢三郎義盛」です。
義は源氏、盛は平氏でみんながつけているため、さすがに両方の字がかぶっているのは読みまちがえそう、ということで、私は「三郎」と呼ぶことにしました。

でも、このルール、父親によってはせいぜい五番目の息子までで、それより後はてきとー?? につけちゃっていたわけです。
あんまり息子がおおぜいいても、後から生まれた方はどうでもよかったんですね、もう跡継ぎが間に合っているから。

あ、通盛・教経兄弟は、父が経盛というんです。


さらにもう一点。困ったことがおきたのです。
青い鳥文庫は全部の漢字にふりがなをつけます。

平安時代までは、名字と名前の間に「の」を入れていました。「たいらの○○盛」ですね。
そして、だいたい鎌倉時代、武士の世が確立すると、「の」を入れるのは貴族の習慣だから、とやめてしまうのです。
ちょうど、この源平の争いの時代が、過渡期なのです。

この時期に生きた武士たちが、名字に「の」を入れていたか、はっきりわかりません。
なお、名字、といっても実はたいていの武士が「藤原」「源」「平」という先祖だったのです。

みんな同じ名字ではややこしいので、それぞれが自分の住んでいる場所、つまり住所の地名を名乗るようになりました。
北条も、実は本名は「平」なのです。

そう、平氏・源氏とは、先祖の名字が平・源だった、というグループなのです。


ついでにいうと、「氏」と名乗るのは武士、「家」と名乗るのは貴族です。
ですから正確には、藤原氏、ではなく古典文学的には「藤原家」です。
「平家物語」とは、貴族みたいになった「武士の平氏の統領」家の物語なのです。

というわけで、「平家物語」に登場する武士が「の」を入れていたかどうかわからないため、ふりがなに困り、けっきょく、貴族由来の「藤原・平・源」は「の」を入れ、それ以外の住所名字は入れない、と私が個人的に決めました。
ですので、「みなもとよしつね」「きそのよしなか」という読みかたでも、正解なのです。


また「藤原」の先祖を持つ人はものすごく多かったのと、貴族「藤原」の末裔とわからせるため、「地名や役職の一文字+藤」と名乗る人がけっこういました。
伊藤さんは伊勢(三重県)の藤原、加藤さんは加賀(石川県)の藤原、というかんじ。
補佐役の藤原さんは「佐藤」で、神社の役職の藤原さんは「斉藤」。

今でも、「○藤」さんという名字が多いのは、そのためです。

ちなみに貴族内でも、藤原が多すぎて、貴族がいばれなくなって以降はやはり住所を名乗るようになっていったのです。
一条さんとか、冷泉さんとか。



あと、身分ある女性の名前、つまり貴族のお姫様は「○子」が基本です。
政子は、この身分にしてはめずらしく子がつくのではないかと。もしかしたら、頼朝が天下人になったので、改名していたりして。

時子は、貴族の平家……同じ平氏なのですが……出身のお姫様ですので、子がつきます。
例外もないわけではありませんが、平安貴族の女性は99%「○子」です。

例外は……藤原道長のライバルだったある貴族が、娘に「千古」(ちふる)と名前をつけたことがわかっています。


そして、貴族ではない多くの女性は、そういう「子」のつかない名前だったと考えられています。

常盤(ときわ)、巴、静、はあだ名や、本名がわからないので「平家物語の作者(誰かはっきりしない)がつけたキャラ名かもしれませんが、本名だった可能性もあります。
ちなみに頼朝の母は由良(ゆら)で、義仲の母は小枝(さえ)だったかも、という説があります。


この「○子」が音読みの「○○し」ではなく訓読みの「○○こ」だったが、今となってはふりがながなくて読みの推定しかできない、という話は、源氏物語時にしましたので、バックナンバーを探してみてください。
たとえば「輔子」は「すけこ」ではなく、本によっては「ゆうし」と呼ばれていることもあります。でも、おそらく「すけこ」でしょうね。

ここで不思議なのが「徳子(とくこ)」です。
「のりこ」か、もしかしたら「なるこ」と読まれそうなものなのですが……「とくこ」で定説になっています。

そして、本名がどうしてもわからない女性もいて、その場合はしかたなく、源氏物語と同じに、呼び名にしました。小督(こごう)や小宰相(こざいしょう)ですね。

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