《其の二十一》
いただいたファンレターの中におひとつ「新学年になり、国語の新しい教科書に万葉集が載っていたけれど、せつない恋の歌ではなかった」とありました。 まあねぇ、中学校では、ちょっと、大人たちが恥ずかしがって載せてくれないでしょうね(笑) 教科書の万葉歌って、今ならイラク派遣みたいな感じで防人が両親を心配したり、マイホームパパの山上億良さんとか自然を謡う柿本人麻呂さんとか、そんなかんじ?
なので、「読み人知らず」な恋歌が集中している巻十一・十二・十三から、目についた「玉響」っぽい歌をいくつか、時海流現代語訳をつけてご紹介しましょう。 なお、かなり勝手にシチュエーション想像した意訳ですので、万が一塾とかで試験に出ても、責任かんべんしてください(^^;) ニュアンスとか雰囲気を楽しんでくださいね。
まずは「玉響」本編に掲載した冒頭の歌の訳を
いかにして恋止むものぞ 天地(あめつち)の神を祈れど 我は思ひ増す 「どうしたらこの恋をやめられるんだろう 苦しいから止めてくれと天地の神に祈っても、俺の思いは増すばかり」 天地の神をも我は祈りて来 恋といふものは かつて止まずけり」 「天地の神さまになら、私もずっとお祈りしてきたんだけど、恋っていうものは誰だって、かつてやんだことが一度もないってお告げを受けちゃったわ」 恋人たちの問答歌で、ようするに、らぶらぶvなんですね。ふざけているんでしょうね、きっと。この歌には、夢中になった彼女をサクラやツツジの花にたとえてほめる歌がセットになってます。
術(すべ)もなき片恋をすとこの頃に 我が死ぬべきは夢に見えきや 「どうしようもない片想いをしている最近は、もう私死ぬんじゃないかって夢を見るの」 夢に見て衣を取り着装う間に 妹(いも)が使ひぞ先立ちにける 「彼女のことを夢に見て、何かあったのかと慌てて飛び起き、着替えをしている そうしている間にも彼女からの使いがやってきた」 上の娘の歌が手紙というか、伝言なのです。やってきた使いが、慌てて着替えている彼に伝えているのですね。 片恋、は片想いですけれど、この頃忙しいってデートしてくれないとか、そういう状態もあります。ケータイどころか文字がないんだから手紙さえ書けないですからね。会うほかにどうしようもないのです。 思いあまって、でも直接言えなくて、友だちとか頼んで使いを送るのですよ。
我(あ)が恋ふることも語らひ慰めむ 君が使(つかひ)を待ちやかねてむ 「私がこんなに恋していることを語って、聴いてもらったら慰められる。だからあなたからの使いをずっとずっと待ってるの」 わけあって直接会えないから、使いに愚痴をこぼすしかないのです。親に反対されて、家に閉じこめられていたりするお嬢さまの歌でしょうね。 こっそりやってくる使いも大変ですね。そこでほだされて、お嬢様に片想いなんかしたら、悲劇です(笑)
それでは、時海が選んだ万葉の恋歌です。
紅の薄染め衣浅らかに相見し人に 恋ふる頃かも 「紅のうんと薄染めの衣の色を染める時間と同じくらいほんのちょっと会っただけの人に、恋し始めたこのごろなの」 紫のまだらのかづら花やかに今日見し人に 後(のち)恋ひむかも 「紫の濃淡に染めた華やかなはちまきをした人を今日見かけた、あとからだんだん好きになっちゃうかも」 このふたつ、まさにマユラちゃんの歌ってかんじがしませんか??
二つなき恋をしすれば 常の帯を三重(みえ)結ぶべく 我が身はなりぬ 「一生にこれほどの恋は二度とできないでしょうね。いつもの帯を三重に結べるくらい、私の体は想いで痩せてしまった」 帯は二重に結ぶのが基本。いつも締めていた帯がそれだと余ってしまうので、もう一巻きするくらい、痩せちゃったんですね。すごく好きなのに、幸せではない恋なんですね。
恋ひつつも今日は暮らしつ 霞立つ明日(あす)の春日(はるひ)をいかに暮らさむ 「恋を胸の奥に秘めて今日は暮らした 霞立つ春の日々 明日はどうやって隠し通してくらそうか」 まだ勇気がなくて告白できないんですよね。今日はどうにか過ごしたけど明日はどうしよう、もし周りにばれちゃったらからかわれる。そんなかんじ、わかるなぁ。
今は我は死なむよ我が背 恋すれば一夜一日(ひとよひとひ)も安けくもなし 「今すぐ私は死んじゃいそうです、私の大切なあなた。その方が楽かもしれませんね、恋をしたら一晩でも昼一日でも、胸が苦しくないときはないんですから」 ……そうとう重症です。お医者さん行っても温泉行っても治らないと思います……。
面(おも)忘れだにもえすやと 手握りて打てども懲りず 恋といふ奴(やっこ) 「片想いで届かないあの娘の顔を忘れられるかと、えいやぁっと拳を握って自分を殴ったけど、だめだった。くそーっ、恋ってやつめ、全然懲りないんだから」 ぐーで自分を殴るとは……この人も重症ですねぇ。自嘲気味の歌で、可笑しくてもらい泣きしそうですね。
最後に。私の好きな信濃の国の歌……巻十四の東歌(あづまうた)から
信濃なる千曲(ちくま)の川の細石(さざれし)も 君し踏みてば玉と拾わむ 「河原の小石もあなたが踏んだから宝物です。拾って大切に持ってます」
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